歴史の道 「松江杵築往還」 打出町〜秋鹿町




2019年9月25日(水) 歴史の道 「松江杵築往還」 打出町〜秋鹿町
 左に打出町の干拓地を見ながら旧県道を進むと、右手の高いところに一畑電車の朝日ヶ丘駅が見えてきます。朝日ヶ丘には古墳公園があり、大きな大谷1号墳が移転復元されています。
 旧県道を進むと、右へ小さな道が別れており、150mほどで分かれた旧県道に出会います。昔はまっすぐ旧県道を渡り、今の線路を越えて進んでいたようですが、道路改良で現在は線路で切られており、東長江市道踏切を渡って、道が続いています。往還はここで、二つのルートが有り、一つは今の線路沿いに湖岸を通ったルートがあったようですが、現在では通行不可能となっています。二つ目は山を越えて進んだルートです。踏切を渡って左へ折れるとT字路となり、左から線路で切られた往還が右へと続いています。T字路を右へ90mほど進むと、左へ小道が分かれ、旧県道に合流します。旧県道は池を回って峠を越えますが、往還はまっすぐ池の南を通って、峠の手前で旧県道に合流したようですが、今では径はないようです。
 旧県道の峠を越えると、灘東の集落へ入り、東長江川に架かる本谷橋を渡ります。橋の手前の道路脇の薮に石柱があり、花立てが置いてありお祀りされているようです。橋を渡って、小さな道を右左に曲がって一畑電車の長江駅を通り抜けて、長江踏切付近の灘西の山際へ出てきます。踏切の手前10mほどのところから西へ径が上がっており、ここから山越えをします。径沿いに電柱が並んでおり、峠まではよく草刈りがされて歩きやすい径でしたが、峠を越えると反対側は草刈りがされていないようで、笹が茂って径が見えなくなり、歩きづらくなりました。山を下りると西長江町の山崎集落で、ここから往還は田んぼの中を斜めに横切り、扇谷池の方法へまっすぐ向かっていったようです。
 線路の脇に西へ向かう径があり、途中に2体の石地蔵が置かれているので、古い径のようです。しかし古い空中写真を見ると、もう少し南側を通り、橋もあったようなので、石地蔵は移転されたものかもしれません。ここから往還は、水田を斜めに横切り、扇谷池の方へ向かっていたようですが、耕地整理で道はなくなっています。現在はここに橋はないので、川沿いに右へ曲がると橋があり、西へ一直線に道が伸びています。
 橋から西へ180mほど行くと、踏切を渡ってきた市道と交差し、さらに西へ進みます。交差点の西側に標柱が立っており、「左 大社」、「右 一畑」と刻まれていますが、これは当時は扇谷池の入り口付近にあったもので、耕地整理により移転されたものということです。西へ進むと道は直角に折れ、北へ向かっています。扇谷池の入口付近まで歩き、斜めに田んぼを横切ってきただろう往還を思い浮かべてみました。
 道を南へ少し帰ると灘組会場の北側に西へ向かう道があります。民家の手前から山へと続く、はっきりした歩きやすい径が上がっています。尾根に上がったところで、木々の枝が伸びて荒れた様子になり、径がはっきりしなくなりますが、尾根を西へ向かうとすぐに広い径が現れました。道幅が3m以上あるような広い径が尾根に続いています。峠を越えて、広い道を下っていくと、秋鹿町の小畑集落に入り、最初の家が元秋鹿郡役所(郡屋)だということです。
 秋鹿町の街中を西へ行くと、途中に大社参りの殿様が昼食に立ち寄った「坪ノ内家」の跡があり、北側の通りには荒神社がありました。道の突き当りに50段ほどの石段があり、上には観音寺があり、墓地を過ぎると、山を越えることができます。

古曽志町
右上に朝日ヶ丘駅がある。
復元された大谷一号墳。
旧県道から右へ小道が分かれる。

東長江町
民家と畑の間を150mほど進む。

旧県道と合流する。

東長江市道踏切を渡る。

東長江町後谷
踏切を渡り、すぐ左へ折れる。

現道は左へ折れるが、右へ進む。

右へ曲がって90mほど進む

東長江町
左への小道がある。

小道を上がると、旧県道に合流する。

線路沿いの道もあったが現在通行不能。

東長江町
旧県道を行く。往還は左の山を通っていた。

峠を越える。

灘東の集落へ入る。

東長江町灘東
右端の薮に石柱がある。

お祀りがされている。


東長江川の本谷橋を渡る。
東長江町灘西
十字路を左折する。

左折して40mほどで小道へ右折する。


畑の中の小道から左折する。
東長江町灘西
畑の中の小道を南下する。

T字路を右折し、長江駅へ向かう。


長江駅の右脇を抜けていく。
東長江町灘西
長江踏切の北側手前に山への径がある。

径は草が刈られている。



径に沿って電柱が立っている。
西長江町
峠を越えると笹が刈られていない。

西長江町山崎
笹が多く径が見えない。

斜面を下がる。

民家の横に下りてくる。

西長江町山崎
線路に並行して径がある。

径の脇に2体の石地蔵がある。

往還は川を越えまっすぐ扇谷へ向かう。

西長江町
現在の橋で西長江川を渡る。

橋から180mで十字路を渡る。

十字路の西に移転された標柱がある。

西長江町

標柱の左側に「左 大社」とある。

標柱の右側に「右 一畑」とある。

西長江町灘組
少し進んだ道端に石地蔵がある。

道の突き当りを右折した扇谷池の入り口
山崎集落を振り返る。
往還は山崎からまっすぐ伸びていた。

西長江町灘組
灘組会場の北側から西へ道がある。

道を上がり民家の手前で山へ向かう。

はっきりした径が上がっている。

西長江町
尾根へ上がったところは少し荒れている。

すぐに広い径が現れる。

秋鹿町
峠を越える。

幅3m以上の広い径が続いている。

秋鹿町
斜面を下る。

畑の脇を行く。

民家の近くへ出てきた。

秋鹿町小畑集落
元秋鹿郡役所(郡屋)

川に沿って南へ向かう。

小さな川の橋を渡り、西へ向かう。

秋鹿町
坪ノ内家の跡付近

裏の通りに荒神社がある。

通りの突き当りに50段ほどの石段がある。

秋鹿町
石段の上に観音寺がある。

観音寺の奥から石段を上がる。

古い石地蔵が並んでいる。

秋鹿町
墓地の中を通る。

墓地の奥から径が下っている。

秋鹿町

細い道へ下りてきた。

下りてきたところを振り返る。

秋鹿町
少し高いところに小さな祠があった。

 古曽志町の旧県道から細い道に入り、再び旧県道に合流するところの東長江市道踏切の手前で、旧県道を越えて線路へ向かって昔の道の跡があるので様子を見てみました。この道は線路で切られていますが、この先向かいの民家のあたりへ続いていたものと思われます。道路の新設で踏切が廃止移転されたものと思われます。

東長江町後谷
東長江市道踏切の手前の様子

線路向こうの民家前に続いていただろう。

 東長江町後谷から宍道湖岸を通ったルートを東側の灘東から入って歩ける範囲で確認してみました。
 東長江町灘東の山際を湖岸へ向かって入ると、東へ向かって細い径が続いており、200mほど進むと竹藪となって径は消えてしまいました。そこから西へ向かって出発すると、細い道は東長江川を渡り、民家の間を抜けて、山を越えてきた道と合流し、長江駅に続いていました。

東長江町郡崎
林の辺りに一里塚があったという。
東長江町
竹藪の荒れ地で東への径はない。

線路沿いの径を西へ向かう。


民家の横を過ぎる。
東長江町
東長江川を渡る。

丸上踏切からの道と交差する。

東長江町灘西
長江駅に続いている。


松江の歴史の道を歩く