松江の歴史の道を歩く


 古くは人々の往来のあった径、特に隣村に向かう峠越えの径は新しい車道の開設などにより忘れ去られています。また開発などにより消えていく、そんな古い径を訪ね歩いてみます。
 第2次世界大戦後の燃料革命により、また木材の自由化により林業が衰退化し山へ入ることがなくなり、古い径は藪となって消えていく運命をたどっています。
 現在の地形図に点線で記された小径も、今では利用されず藪の中に消え去ったものが多くあります。
 地形図に山名の記載のある山を通る峠道などは、登山道としてそれぞれの山のページで記載しています。

松江市から一畑薬師までの古くからある参拝ルートです。
江戸時代の松江市街から美保関までの往還の一部です。
一畑電車高ノ宮駅の近くの「一の鳥居」から内神社へ約2kmの参道です。
林道島村線から熊野大社への山越えの径で、地形図には点線で表示されています。
福富町から朝酌町への山越えの径で、現在の地形図には載っていませんが、昭和30年代の古い地形図には載っています。
江戸時代に使われていた嵩山の布自伎美神社へ参拝するための参道で、嵩道と呼ばれた径です。
  • 西川津町市成いちなり古道
旧版地形図に記載のある第二中学校裏山の古道を歩いてみます。
  ・市成古道 楽山から四季が丘団地方面への古道(巡視路)や西尾町への古道です。
  ・市成古道分岐① 市成古道の分岐その1です。
  ・ルート(地形図)、旧版地形図

 







松江の山・三角点を歩く