歴史の道 枉北道(朝酌町矢田〜西尾町)




2019年3月5日(火) 歴史の道 枉北道(朝酌町矢田〜西尾町)
 飛鳥時代からの出雲国府から北へ向かって「朝酌渡」で大橋川を渡り、更に島根半島、そして隠岐まで官道が整備されていました。最近まで矢田町に矢田の渡しがありましたが、風土記時代には、少し東側にあったようです。
その内の矢田の渡しから西尾町までの一部と思われる径を歩いてみました。
 矢田の渡しから北へ向かって入って行く市道が枉北道のルートのようで、2016年に発掘調査が行われ、古代道の遺跡が確認されています。市道は魚見塚古墳の前を通り、広い市道に合流し、朝酌公民館のある丘陵の下を周って行きます。丘陵を過ぎて、分岐を北へ進み、小さな丘を越えると道は細くなって茶畑の脇を通って下がっていきます。下がったところに石地蔵があり、ここから西尾町までの約1kmの間に7体の地蔵が確認できました。多分1丁地蔵と思われますが、なんのための1丁地蔵なのかはっきりしません。
 田んぼの間を通って広い市道へ合流し、山を越えると、だんだん道路の西尾ICへ出ますが、峠から北へ向かって径が林内へ上がっており、斜面に石地蔵がありました。林内には広い径が上がっていますが、一度朝酌配水池への道路で分断されていて、その向こうの林内へ続いています。林内の径を進んでいくと、今度は西尾ICアクセス道路によって分断され、道路を渡った所からまた径が伸びています。径は田んぼの間に下がっていき、西谷地区の集落の間を通り、天神神社の手前からだんだん道路に沿って谷を上がり、農道に合流しています。多分元の径は、だんだん道路の工事によって分断消滅していると思われます。
 農道に合流した径は、西の斜面を尾根に向かって上がっていくようですが、だんだん道路の陸橋の先に斜面を上る径があったので、ここへ続いていたのかもしれません。次回は、ここからたどってみようと思います。

朝酌町矢田
矢田の渡し
渡船場の向かいの市道に入る。峠にある魚見塚古墳


朝酌川、剣先川、大橋川が望まれる。
広い市道に合流慈雲山三乗寺

三乗寺
古い石地蔵が残る。
朝酌公民館のある丘を周る。丘を過ぎ、分岐を北へ入る。

西尾町
民家の裏から道を下がる。
茶畑の脇を進む。道端に石地蔵がある。

西尾町
広い市道へ合流する。
道路脇の石地蔵朝酌配水池手前から山へ径がある。


入り口に石地蔵がある。
広い径が上がっている。配水池の道で切られている。


向かいの林内に径が続く。
入り口に石地蔵がある。西尾ICアクセス道路で切られている。


道路反対側の斜面へ上がる。
山中に径が下りている。

広い径がある。西尾町西谷
田んぼへ出てきた。
田んぼの間に径が続いている。

道端に石地蔵がある。民家の脇を進む。

天神神社の前を横切る。
道路工事で石地蔵が移設されている。
だんだん道路と西尾農道で切られている。

陸橋を越えると、斜面に径が見える。
斜面へ上る径がある。


松江の歴史の道を歩く