西忌部〜玉湯町玉造への旧道




2020年4月30日(木) 西忌部町〜玉湯町玉造への旧道
 昭和22年発行の旧版地形図を見ると、西忌部町一崎から玉湯町玉造へ向かう道があり、現在の車道が峠を越える手前から谷を入って峠を越えています。先日一崎から松江直江線の鉄塔巡視路を歩いた時には巡視路の手前の市道脇に一丁地蔵が数カ所あったので、当時は主要な道であったと思われます。

 西忌部町から玉造へ向かう市道が峠を越える手前に谷へ入る作業道(鉄塔巡視路)があります。作業道の舗装が終わり、1分ほど行った径の脇に一丁地蔵がありました。また1分ほど行くと、巡視路の案内標識があり、その反対側の笹薮の中に踏み跡が見えます。通れるような径があるのかと、笹の中に入って見ると、笹が茂っていたのは入り口だけで、中には笹が刈られた径が続いていました。径はすぐ林内へ入って、溜池の脇を過ぎて行きました。林内の径には敷石が並べられ、ところどころに落ち葉に隠れて残っていました。
 巡視路から分岐して、5分ほど林内を上がると、径が分岐しています。直進して、尾根を上がってみると、鉄塔No.27が見えてきたので、もとの分岐へ引き返しました。
 分岐に帰り、切通しになった峠を越えました。峠には壊れた石造りの祠の残骸がありました。峠からは広い径が続いており、U字形になった径が歴史を感じさせます。径は笹が伸び、枝が伸びて、やや荒れたところもありますが、概ね歩きやすい径が続いています。峠から20分ほど下ると、旧道はコンクリート舗装された作業道によって切られています。
 作業道の反対側にも作業道が分岐しているので、旧道の続きだろうと思われ、入ってみました。作業道はすぐに右へ曲がり、細い踏み跡が谷を下がっていました。4分ほど下がると径は不明になり、谷の川の縁を下がると、目の前には大きな岩山が立ちはだかり、そこで右からの川と合流しました。川を渡って、岩山の脇を抜けると、すぐに住宅団地の下の市道へ上がりました。
 この市道は団地が開発されるより以前からあるので、概ね旧道に沿っていると思われます。市道を下がると、団地入口の空口公民館の前に出てきました。ここから県道を渡って、向いの玉作会館の右横から川沿いに細い道を下ると、温泉街の玉造大橋につきました。

 旧版地形図と見比べると、山から下りて市道へ上がってから、しばらくして川沿いへ下りて、空口公民館のところへ出てくるのが旧道のルートのようです。後日確認しようと思います。

西忌部町 12:04
市道から左へ作業道を入る。
12:06
舗装は終わり、径は続く。
12:07
径の脇に一丁地蔵がある

西忌部町
12:08
巡視路案内標識から右に踏み跡がある。
12:10
笹が多いが径が続いている。

西忌部町 12:11
池の脇に径がある。
12:13
敷石が並べられている。

西忌部町 12:14
径が分岐する。
 12:15
直進し尾根を上がってみる。
12:16

西忌部町 12:20
12:20
鉄塔No.27が見えた。
12:23
分岐へ帰り、峠の切通しを越える。

西忌部町 12:24
峠に壊れた石造りの祠の残石がある。
12:25
峠を越えるとまた敷石がある。
12:26
広い径が下っていく。

玉湯町玉造 12:28
敷石がある。
12:29
径がU字形になってくる。
12:31
少し荒れている。

西玉湯町玉造 12:36
U字形の径が続く。
12:38
12:40

玉湯町玉造 12:43
作業道が見えてきた。

出てきた林を振り返る。
12:45
作業道の反対側に分岐がある。

玉湯町玉造 12:46
林内に作業道が下っている。
12:47
作業道は右へ、径は直進する。
12:49
シダの中に踏み跡がある。

玉湯町玉造 12:51
径は不明になり、川を下る。
12:52
大きな岩山が立ちはだかり、川を渡る。
12:54
岩山の脇を径が続く。

玉湯町玉造 12:55
細い径が市道へ上がっている。
12:56
市道へ上がった。

上がった所を振り返る。

玉湯町玉造東
団地の下の市道を下がる。
玉湯町玉造空口

向いの玉作会館の右横から道がある。

玉湯町玉造
小さな川に沿って道が下がる。


温泉街へ出てくる。

玉湯町玉造
玉造大橋

建物の右横から下りてきた。

昭和22年発行旧版地形図


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