歴史の道 枉北道(大草町国庁跡〜矢田町)




2019年3月18日(月) 歴史の道 枉北道(大草町国庁跡〜矢田町)
 大草町の六所神社の北に隣接して出雲国庁跡が発掘されています。風土記の時代には、ここから枉北道が島根半島の千酌を経由して隠岐まで続いていました。現在でも国庁跡から北へ向かってまっすぐ道が延びており、枉北道に想定されています。
 国庁跡を出発し200m弱進むと、道が交差しており、ここが十字街じゅうじのちまたと呼ばれ、南北の枉北道と西に伸びる正西道まにしのみちが交わっています。ここから、田んぼの中を山裾の集落まで直線的な道が続いています。

 「出雲国府周辺の復元研究」(島根県古代研究センター)によると「木下良・中村太一氏によって経路に推定されている丘陵上には ―略― 地形を改変した痕跡は認められず、 ―略― 通称間内越の谷には『風土記』に周囲一里(560m)と記載された真名猪池があったと推定されるため、中村案のように平野部の枉北道を丘陵中腹まで直線として谷の東から西へ谷を横切ることも難しく、 ―略― 谷の中腹斜面を谷奥に進む推定を行った。」とあります。

 直線道路の途中から西へ向かって曲がり、真名井集落から谷奥へ入るルートを歩きました。(真名猪池は今の蟹穴池と比定されています。)集落を過ぎ、真名猪池に想定される溜池の脇を通って竹林の中を過ぎると、用水路の脇を通り、溜池に続いています。溜池の間の堤塘を渡って行くと、松江道路の側道に出会い、まっすぐ松江道路の陸橋を渡ります。松江道路の側道から青葉台の丘を越えると、市道矢田山代線に合流します。枉北道は概ねこの市道矢田山代線に沿ったルートではなかったかと思われます。市道をまっすぐ進むと国道9号線に出会いますが、このあたりが風土記に書かれた「朝酌渡あさくみのわたり」(南岸)に想定されています。最近まで、すぐ西側約300mに「矢田の渡し」がありましたが、大正時代の地形図には東側約100mの矢田町井ノ奥に渡船が記載されており、このあたりから大橋川を渡ったようです。

大草町
六所神社
拝殿

大草町
本殿
出雲国府 国庁跡枉北道

大草町
東に大山が見える。
十字街
枉北道と正西道の交差点
東へ伸びる道

大草町
西へ伸びる正西道
竹矢町
北へ伸びる枉北道

矢田町
左へ曲がる。
茶臼山の麓の真名井集落へ向かう。

矢田町
集落の間の路地を入る。
お堂の奥の鳥居に歳徳神が祀られている。

矢田町
谷を奥へ進む。
溜池(蟹穴池)の脇を行く。竹林の中へ径が伸びる。

矢田町
用水路の脇を行く。
変わった用水施設がある。溜池(奥堤池)へ続いている。

矢田町
溜池の堤塘を渡る。
溜池脇から舗装道路に出る。松江道路の側道に出会う。

矢田町
松江道路の陸橋を渡る。
側道から青葉台へ上がる。青葉台の丘を下る。

矢田町
市道矢田山代線に合流。
市道を北進する。国道9号線に出会う。

矢田町
朝酌町矢田地区(左)と矢田町(右)
最近まであった矢田の渡し


松江の歴史の道を歩く